日本で身体表現や幼児体育/運動の実技指導をした際、教育としてのそれらの指導法で適当なものが見つからず、ダンスや身体表現を指導する上で、何か"身体運動の軸となる理論のようなもの"があったらいいのに、と漠然と思っていた。
留学先のニューヨーク州立大学ブロックポート校のモダンダンステクニックや子どものダンス教育法等のクラスで、人の動きを言語化、記号化できるLaban Movement Analysis(LMA)という運動分析法を知った。これは、ヨーロッパで活躍した振付/舞踊家で、モダンダンス理論の父と呼ばれたルドルフ・ヴォン・ラバン(1879-1958)が運動を体系化したものである。今では当初彼が希望した通り、ヨーロッパやアメリカのダンス教育の基礎のひとつになっている。ダンス教育は、教育法(子どもから大人まで)、振付、実技テクニック等を含む。多くのアメリカの大学のダンス専攻では、LMAが身体表現/ダンスに関わる人にとって重要な考え方であると認識されている。音楽が学問として長い歴史を持つ中で、舞踊も学問として扱われていくためには、運動を記譜し、動きを言語化していくことが必須であり、何よりも運動そのものを理解しようとする姿勢/学問が必要があるとラバンは考えたのだ。ただ、LMAを使って運動を記譜し後世に残すことはできるものの、全身の動きは全てが複雑に繋がっており、ロボットの動きの様に正確に再現することは難しい。特に舞踊では、身体そのものの個性が強い上に、動きの繋がり方が表現の基であるため、音楽の再現性より振れ幅が広く、限定的とならざるを得ない。
モダンテクニックの授業では身体に負担をかけない効率的な動きを機能(Function)的に学び、それが強まるほど表現力(Expression)も増すことを学んだ。私は、骨格や筋肉のメカニズムに重きを置いたバイオメカニクスの勉強で腰痛解決の糸口を探ったが、それらの知識と自身の運動との連携はできなかった。しかし、ラバン運動分析法の視点、すなわち動きの質(Quality)に目を向け、運動の際、身体の中で何が起こり何がどのように繋がっているのか、身体運動を感覚として落とし込むトレーニングを重ねた結果、身体との対話が可能になり、Mind-Body Connectionが強まっていった。これにより、自身の運動パターンを知り、どの様な"動き方"が身体に負担をもたらしているのか、より効率的な動き方はどのようなものかを考え、それを身体に還元していくことが可能になっていった。私の場合、下半身と上半身の動きが上手く連動していないことが腰痛のひとつの原因であった為、新しい運動パターンに代えられるよう訓練を続けた。また、より幅広い空間の使い方、動きの質等の多くの動きのバリエーションを知り、いかに自分が限られた運動をしていたかが分かり驚いた。動きのバリエーションが偏ると、同時に筋肉の使い方も限られてくる。「怪我を根本的に治す為に必要なことの90%以上は自身の身体/身体運動の"気づき"(Awareness)であること」は、現在腰痛がほぼ完治した私が強く実感していることである。
大学院の勉強をひらすらこなす中で付いてきた英語力を見て、アドバイザーが"Yukoはラバンが好きだと思う、英語の勉強にもなるしぜひ受講しなさい"と勧めてくれた。私が知る二人のCMA(Certified Movement Analyst:ラバン運動分析法を専門的に扱える人)は、大学院のダンステクニックの先生と所属しているカンパニーのディレクターで、いずれも70代のベテラン指導者だった。それ故、そう簡単には理解できず小難しいものというイメージがあり敬遠していたが、LMAが自身の身体運動のあり方や視点を変えたことに加え、これこそが日本で漠然と考えていた"身体運動の軸となる理論のようなもの"であると確信した私は、思い切って授業を取る事にした。
ある日の授業で、人が中に入れるサイズの巨大20面体を組み立て、その中で、各頂点から引っ張られるようにイメージして動くことが、二次元的な動きとなることを学んだ。実際にこの巨大20面体の中に入ったとき、私は宇宙の中の小宇宙の中に居て、私の身体がその宇宙の細胞のひとつであるかの様な不思議な感覚に陥り、身体と空間との関係をそれまでとは違った感覚で捉える体験をした。これをきっかけに、人間の身体運動とLMAの奥深さを更に確信し、それ以来、この世界をもっと知りたい、専門的に学びたいと思うようになった。
※参考サイト:Laban Movement Analysis(ウィキペディア英語版)